活動報告

2004年 7月29日 武内先生講演

2004.7.29 議会改革委員会研修会についての感想
講師:元明治大学竹内教授
演題:議会改革と政治倫理条例について

  1. まず竹内先生のお話は日本の憲法史からはいられた、特に敗戦後日本国憲法が制定されたのは、マッカーサーの意思が大きく働いていて(基本的人権の尊重、象徴天皇制、戦争放棄)、そして天皇の自己責任の強い思いと、日本国民のように単一民族的であり歴史的に見ても天皇制の必要性があると言う事を彼は理解しながら、国民の意思を尊重しながら日本の民主化のための憲法の制定を迫った。しかし日本側にとっては旧日本国の国体を維持したいのと明治以来の中央集権体制を維持したいため明治憲法の改正のかたちで日本国憲法が作られた事と、現在提唱されている地方分権すなわち地方の自立についてはこの憲法の改定の時すでに謳われていたものであり、法律が其の事を充分継承しないままであった事が問題であるとの事。また日本国憲法の特徴は民主主義を前提としながら社会主義または共産主義の手法を取り入れたものである。
  2. そして日本国憲法でうたわれている地方議員の立場は地方自治体の政策を決定し、それを執行する行政の審理を行なう事である。
  3. 又、議員の使命は、地方自治の本旨(団体自治、住民自治)に基づき住民の意思によって自治体の執行機関により公正かつ妥当に、そして能率的、民主的に運営しているかを監督する事である。一方地方議会は議事機関であり国会のように立法だけでなく行財政の重要なことについて意思決定するものである。
  4. そのため地方議員は住民の代表として(代理は指揮命令を受けるが代表は同じ様に同質であるが)人格、識見とも優れた人であるべきある.
  5. 議員は社会公共の利益を実現する事は当然で、そんな中で議員としては地域全体を見なければいけないが、全体の意思と一部の地域の意思が違うときはもう少し広くまた高い立場に立ち最大多数の最大幸福の理念のもと意思決定すべきである
  6. (倫理について)社会の規範として、そもそも倫理とは宗教につぐものであり、法は外面性をもち最低の倫理を社会に求めるものである。そのため倫理とは非常に内面性が強く議会としてそれを自ら求める場合は全て外部の意思は必要ではなく、自らの意思を表すべきである。また、議員の親族についての規制は法的にはいいとも、悪いともいえないすなわち法律には無い空白の部分である、また憲法の職業の自由の視点から言えばすでに公務員等の規制は存在するとの答えでしたが。しかし、この事は学者としての意見としか理解出来ないと小生は考えます。なぜなら親族にまで当該者と同等に扱う事の答えにはなっていないと思う、すなわち憲法の拡大解釈について第9条を例に出されたがこの事とは次元が違いすぎる。そのため先生は政策的には良くないのではないかと表現された。
  7. (熊本市の倫理条例について)熊本市の当時は議員の汚職をどの様に防止するかを、まず大前提とされた。そしてそのための条例の制定であった。そしてそれまでの防止の手段は資産公開法等だけだったので、市民の審査会への請求を懲罰的に取り入れたことが当時としては画期的なものであった。また条例の骨子は政治倫理基準であるが、この内容は議員たるもの初心として持つべきものでありいまさら文書化するものであるかどうかと言ったものである。しかし、本来はこれ以上謳うことは政策的に無理があると思われるし、それ以上のものが必要な場合は冶自体そのものに問題があると小生は思いました。多分それ以上のものが必要な団体はすでに現在は合併を必要としているような団体と考えられます。
  8. (武内先生の講義の内容についての感想)先生は法律学者としては素晴らしい方であると思いました、しかし政治、特に地方自治体の現状と将来については少しご認識が薄いと思いました。政治に対しての考え方はやはり全体として現実的ではなく古い時代の認識を多くもっておられると思いました。何故なら地方はすでに貧困の時代に入っていてそれを乗り切るためには既存の体制は既にかたちだけ残り、民間的発想が無ければ自治体の存続は不可能である。そんな中で従来のように官と民を区別しなければならないような自治体の裕福な時代は終わっています。すなわち官と民を融合させ共生させることが将来必要となっていく事のご認識はないと思いました。すなわちもしどうしても倫理条例を作るとしたら、これから必要なのは前項の様な時代にマッチしたものにすべきと考えます。また、先生の法解釈は理解できますが、すべて法廷で勝てるかといえば難しい部分もあると考えます、先生も言われてました、行政訴訟では法廷は駆け引きで決着するものだと・・・・!すなわち政治の場である議会においてはあくまでも市民によって選出された議員が誇りと自信をもって自らのことは自らが決するべきである事だと言う考えを強く持ちました。すなわち政治の中で法律とは最小限の規範を示しているだけで議員の裁量に委ねられていることが非常に多いわけであり、議員としてはその分市民に対する責任を充分自覚しなければならないわけである。ただ先生の政党法の制定が必要であるとのお考えは私も同感でした、小生も本当の議会制民主政治を行なうならば政党は必要であり、そしてその政党に国民が自由に参加できることや運営に透明性を持たせ、民主的に運営される事だけでも国が担保しなければならないと思います。でないと政治は多数がまず優先される現在の制度では健全な政党が少なくなってくる事になり、結果的に国民が政治離れや政治に無関心、無責任になり良い政治が行なわれなくなってくる可能性があるわけです。だから政党法のようなものを制定し、議員の質を向上させ現在のように世襲やタレントが議員になるのではなく、本当に真面目に若者が政治を目指し議員になれるようにする事が国や地方を栄えさせる一番の方法と考えます。そうすれば政治倫理についても今のように次元の低い議論ではなく、政治家の質の向上を図るような次元の高い議論が出てくるのではないかと思います。

岡本正治 記